柳田聖山語録(その6)
2017年 02月 01日 (水) 20:09 | 編集
「歴史は、個人が負えるのか」

戦争責任の話。
臨済宗は、臨済号という名の戦闘機を寄贈した。
戦後、そうした宗門の戦争協力もふまえ、市川白弦の提言をはじめとして、
自宗の戦争責任について初めて言及したのが、臨済宗だ。
そうした過去に対する自己批判の姿勢が、
あるべき仏教者の姿勢として賞賛され、
今でもひとつの指針になっているようにも思う。

だが、柳田先生は言う。
「ならば、もくもくと南方の遺骨を拾い続ける山田無文はどうなのだ。
過去の批判と、骨を拾うのと、どちらが仏教者として貴いのだ」
もちろん、そんなことを問われても私に答えるすべもなく、
困って黙していたときに言われた一言が
「歴史は、個人が負えるのか」。

答えはない。けれども、いまだにずっと心にひっかかっている。

編集T

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