羽塚堅子『声明考』の序文が熱い!
2016年 03月 03日 (木) 18:57 | 編集
声明の技術や理論のことはよくわからないが、とにかく、この序文は熱い!
昭和4年、大谷派では、声明が軽んじられていた風潮があったのだろうか。
当時、まだ30代であった羽塚師が、大谷派の声明の復権を願い、
吠えて、吠えて、吠えている。
宮内庁でも知らない人はいなかったという楽の大家でもあり、
のちに「同朋奉賛式」や「昭和声明集」の制定に携わった。
声明が布教の要であることを、生涯を通じて発信し続けた方だったのだと思う。

編集T
**以下、序文から抜粋**

「声明学! そんな学問があるか! 我が輩はあると思ふ。若し無けらねばこれを建設して、一つの立派な学問となる事を得ると確信して居るのである。(中略)吾が輩は茲に奮起して、声明学の独立を叫び、各大学及専門学校に於て、声明の一科を建立せられん事を要望して止まぬのである」

「勧学布教は僧侶たるものの本領である。その勧学布教の真髄は声明の要文である。然れば声明は即ちこれ勧学布教そのものであらねばならぬ」

「吾が輩の研究に依れば、吾派の声明はその法則にかなふ声明のみならず、その極めて長足の進歩をしたものと、深く信じて居るからである。一例を挙ぐれば、九種の節譜を有する正信偈、六種の淘を有する念仏和讃の如き、何れの宗にかかくの如き長短自在、軽重如意の法やある! 然るに之を如法と知らず、玉を懐くと知らざるが故に、不如法の声明なりと、却て我れと自ら非難の坂に下るのである。誠に残念ではないか。」

「自行化他は大乗の精髄である。自から修め得たる声明を在家の子弟に教ゆるは、これ一つの布教であり、それが僧侶の本職である。若し、獅子吼に遑なきもの、法要に追はるるの輩あれば、坊守の職として最も適当たるものであると思ふ。女子の力は実に非常なるものがある。男僧の講座の説法よりも、時としては坊守の正信偈和讃を子供に教へる力の方が、大いに効ありと思はるることがある。否実際に於てそれよりも大なるものがあると思ふ。ここに夫婦相和し、共に宗門砕骨の本旨を達することが出来ると思ふ。」
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