スポンサーサイト
--年 --月 --日 (--) --:-- | 編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


資料の呼び声に耳を傾けていたい
2013年 09月 10日 (火) 14:23 | 編集
プロフィール:金子貴昭先生 一九七六年広島県生まれ。立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー。

この春『近世出版の板木研究』を上梓された金子貴昭さんは、板木書誌学という新たな学問提起を行った、新進気鋭・前途有望な若手研究者である。ところが、当の金子さんは、拍子抜けするほど、気負いがない。飄々としていられるその秘密を尋ねてみた。

●スタートは他人任せ、成り行き任せ
研究生活は、決して順風満帆ではなかった。進学意欲も就職の目的もないまま、修士を終え、指導教官の勧めで、母校である立命館大学アートリサーチセンターでアルバイト開始。「主食はそうめんと食パン。差し入れのバームロールが昼食がわりでした(笑)。でも一番苦しかったのは、やりたいことが定まらなかったこと」。6年間に及ぶアルバイトの内容は、写本や浮世絵などのデジタル化とデータベース構築化という最先端のプロジェクトだった。その後、学術振興会の特別研究員、21世紀COEプログラムの研究員と立て続けに採用され、博士後期へ進学した。「COEに採用されたら、学費も給料も出るのだからと指導教官に言われて、まあ、しゃーないなー・・・・・・と(笑)。でも、学費が出るというのは嘘でしたけどね(笑)」まさに、成り行き任せでの進学だった。

●資料の方から、呼びかけてくる
 転機が訪れるのは、後期課程二年目の時。大学間の共同研究の一環として、板木研究の第一人者・奈良大学の永井一彰先生のもとで、板木のデジタル化とデータベース構築の作業を行ったのが縁となった。七〇〇〇枚もの板木、圧倒的に膨大な作業量。いろいろな資料のなかでも、板木は、モノとして面白かった。
調べようとすると、資料が集まってくるという不思議なことが続いた。幻の本とも言われている池大雅『賞奇軒墨竹譜』がyahoo!オークションで出品されているのを偶然発見したり、所有者から譲り受けたり。「資料は入手したら寝かせておけばいいですよ。ある日、資料の方から、「自分をどうにかしてくれ」と呼びかけてきますから」
あいかわらず、研究職や研究というジャンルにはこだわらないという。作品論やドラマ論が主流の近世文学研究においては異色の研究なだけに、時には「観察結果の羅列に終始している。これは研究とは言えない」などと厳しい評価をされることも。「これが「研究」でないとしたら、それでもいいかなあと思っています。モノから見えてくるものを、大事にしたい。まだ日本各地の寺院には板木がたくさん残っています。せっかく縁をいただいたので、何らかのかたちで、板木に関わり続けたいと思っています」。気負いのない姿勢だからこそ、モノが語る声を素直に聞くことができるのかもしれない。
金子貴昭先生
法藏館板木蔵の調査の合間を縫って、編集部室にてインタビュー。
屈託のない笑顔とともに、板木の研究への意気込みが語られる。
128『ひとりふたり‥』 2013 報恩講号「著者に会いたい」に掲載
スポンサーサイト


Comment
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL :
comment :
password :
secret : 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright (C) 編集室の机から all rights reserved.
designed by polepole...

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。