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「学びの姿勢」を問う 小谷信千代先生
2015年 12月 02日 (水) 23:35 | 編集
プロフィール:小谷信千代(おだに・のぶちよ)一九四四年兵庫県生まれ。大谷大学名誉教授。
ご著書:『真宗の往生論』(法藏館)、『法と行の思想としての仏教』(文栄堂)など多数。

 今年五月に刊行された『真宗の往生論』(以下、本書)が、ずいぶん話題を呼んでいる。「親鸞は現世往生を説いたか」と、真宗の根本的な問題に迫り、これまでの学説を徹底的に検証した書だが、これまでにないアプローチに大きな反響を呼んでいる。著者の小谷信千代先生に、本書の執筆への真意を尋ねてみた。

きっかけは、安居から

 小谷先生は仏教学の専攻だが、具体的にはどんな研究内容なのだろうか。「インド仏教の文献の解読と研究をしています。今も大学で、協同研究者と一緒に読んでいます。昔の文献を読むわけですから、内容の吟味は欠かせない。そうすると、ある程度批判的な姿勢で読まざるを得ません。大学院の時にそのことを学んで以来、ずっと大切にしている姿勢です」。
 今回、なぜ真宗学の専門書に取り組もうと?「三年前、安(あん)居(ご)(江戸時代から続く、二週間にわたって集中的に聖教(しょうぎょう)を学ぶ)の講師を拝命した時、「世親(せしん)の浄土論の諸問題」という題で講義をしました。そこから、親鸞聖人の往生論にも触れることになり、その内容が縁となって今回の出版に至っています」。そして刊行後、本書は宗内外で注目を集めることになるのだが――。

「現世往生」って、実感できますか?

「よく「行間を読む」というでしょ。『教行信証』でも、行間を読んで、親鸞聖人の思いを読み取ろうといわれます。でも、そういう作業って結局厳密に読まないとできない作業ですよ。それをせずに、自らの経験や感覚を当てはめて語ることをもって「行間を読む」というのは、私にいわせれば「学問的」ではない」。鋭い指摘だ。現代の教学に対して大いに問題があると感じられている?「そうです。たとえば、「現世往生」というでしょう。現世で往生するといってもそれを実感できますか?近代の教学者は、「真実の信心を得たら、往生は脚下に来ている」とか「今、世界が浄土に包まれている」という表現をするわけですが、親鸞聖人は、「真実の信心を得ると、往生が定まる」、つまり往生が保障されると説いており、今生きている私が「往生する」とは説いておられないんですね。親鸞聖人の言葉をきっちりと読んでいないことから出た誤りだと思います」。やはり、文献を厳密に読んで理解することに尽きるということなのだろう。

信仰は、自分らしくあれる 唯一の部分

 小谷先生は、大谷派の寺院の住職でもある。ただし、学問をする上では、信心は厳密に区別しておられるようだが……?「いや、それは違います。信仰と学問は決して別物というわけではなく、むしろ自分の信仰を「確かめる」ために研究するといってもいいかもしれない。「自分らしくあれる 唯一の部分」はやはり信心なわけですから、やはりそれを聖典に尋ねて厳密に読まないといけないわけです。もっとも、近代教学者の先達の言葉にも響くものはたくさんあります。でも、問題があればきちんと批判をしないと学問は発展しないのです」。
 小谷節ともいうべきこの熱い思いは、本書の中でも遺憾なく発揮されている。是非、本書を手にとって、真宗教学の「今」に触れていただきたい。

小谷信千代先生
小谷先生は落語と犬が好きな一面も。好きな噺家は、桂枝雀。「もうすぐ門徒さんのうちに新しい犬が来るんです」と笑顔が印象的でした(法藏館・編集部内にて)。
137『ひとりふたり‥』 2016 正月号「著者に会いたい」に掲載
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