心あたたまるレトロな町並み…愛媛県内子町
2015年 02月 13日 (金) 19:35 | 編集
2月7日~8日にかけて、仕事を離れて出かけました。
京都からJRに乗り継いで、松山から40㌔の山間の内子町に到着。
ざっと4時間35分かかります。

江戸時代には木蝋の流通で栄え、大洲和紙とともに
ハゼの実から圧搾する和蝋燭作りが盛んだったそうです。
(昔は稲作よりも、高値で取引されたとか)

今では、県下でたった一軒が伝統技を残して、日本の明かりを
守っています。
明治から大正時代にかけて、和蝋燭で財をなした白壁の町並みが
こじんまりと美しい。心やすらぐ町でした。

何もない山村って? 
とんでもない!

伝統芸能が盛んで、内子座があり、文楽が好きな人々がのどかに暮らします。
(★ちょっと耳より)
内子座という劇場は、木蝋や生糸等の生産で経済的にゆとりのある時代に、
芸術、芸能を愛してやまない人々の熱意で生まれた木造の劇場。
農閑期には歌舞伎、人形芝居、落語、映画等の出し物が内子座を彩り、
人々の心の糧として大切にされました。
大正5年(1916)大正天皇即位を祝い、創建。
木造2階建て瓦葺き入母屋造り。映画館等の変遷後、老朽化のために
取り壊されるところ、町民の熱意で復元されたそうです。

町並みのみならず、商いと暮らしの博物館、美味しい蕎麦の「下芳我邸」や
町家資料館、大森和蝋燭屋などなど。レトロを満喫できます。

今、内子町のインターネット・サイトに、「うちこんかい」という移住体験があります。
町からの援助もあって、子どもの人数は1軒平均で3~5人だとか。
家族ごと町ぐるみで育児システムも小さい町ながら充実。

何よりも、内子町の子どもたちは後を向いていても、「こんにちわ」と
声をかけてくれるのが京都で暮らす私には新鮮でした。
子供らしさ、イヤ、昭和が残っているのかと錯覚するくらい
のどかで安らぎを覚えます。

ちなみに、この町の出身者に、アサヒビール創業者・高橋龍太郎さん・
日商岩井の創設者・高畑誠一さん、ノーベル賞作家・大江健三郎さんをはじめ、
洋画家など多くの著名人を輩出しています。

興味をお持ちの御方様は、松山の道後温泉から少し足をのばして
ぜひ訪ねてみてください!

10軒ほどの宿の中に、オーベルジュ内子があります。
今回はご縁がありませんでしたが、
テレビや電気を排除した、非日常が楽しめるそうです~。
和紙と和蝋燭の明かりだけで過ごすのも、落ち着きを取り戻せるかも。

京都よりも冷え込んで、雪が舞ったノスタルジックな2日間でした。
(ソフィアさん)


スポンサーサイト


Comment
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL :
comment :
password :
secret : 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright (C) 編集室の机から all rights reserved.
designed by polepole...