運命を変えた「お遍路」  柴谷宗叔先生
2015年 01月 26日 (月) 23:59 | 編集
プロフィール: 柴谷宗叔(しばたに・そうしゅく) 一九五四年大阪府生まれ。四国八十八ヶ所霊場会公認大先達。
柴谷先生ご著書

 金剛杖を手に白衣をまとい、四国八十八ヶ所の霊場を巡る「お遍路さん」。それを何と八十回以上も巡ってきたのが、柴谷宗叔先生だ。先生にとってお遍路とは何か、またそこまで先生を惹きつけるお遍路の魅力について伺ってみた。

お遍路との出遇い

 柴谷先生のお遍路との出遇いは、新聞社で記者として現場の一線を走っていた時という。元々、寺社の散策は好きではあったけれど、お遍路にそこまで関心を強く持っていたわけではなかった。「二十年以上前に、労組の慰安旅行で那智(和歌山県)へ行ったんですよ。そこでたまたま訪れたのが青岸渡寺(西国三十三所霊場第一番札所)で、巡礼に少し関心が出てきたわけです。それから、休みなどを利用して少しずつ巡礼を始めました。ただ、これは三ヶ月くらいで終わってしまったの。これに飽き足らず、じゃあ今度は四国のお遍路を始めようかなと軽い気持ちで巡ってみたんです」。
 お遍路との縁は、これだけに終わらない。四国八十八ヶ所を巡るようになってしばらく経った頃、阪神大震災が発生。ただ、この出来事が先生のその後の人生を変える。当時、神戸市東灘区にあった自宅は全壊したが、震災当日は大阪府内の実家に帰省していた。奇跡的に助かったわけだが、壊れた家へ戻りがれきを撤去していると、その中から巡礼の朱印帳が出てきたという。「朱印帳が身代わりになってくれた……と心底思いましたね。それからです、御礼参りも兼ねて本格的に巡礼をするようになったのは」。
 そして遂に、高野山大学で本格的に学業とお遍路に専念するため、長年勤務した新聞社を退職することになった。「あの時は本当に色々悩んだ。でも、お遍路への思いの方が勝っていたね」。

「全てご縁でつながってきた」

 たまたま訪れたお寺から、高野山で修行と学問に打ち込むまでになるとは、先生もそこまで想像していなかったのでは?「もちろん、始めはここまではまるとは思ってませんでしたよ。でも、お遍路さんに接していくうちに、それぞれ悩み・苦しみ・葛藤を抱えながら巡る、その真剣さやひたむきさに惹かれたのね。そもそも、私自身がお遍路に出遇ったのも、会社で息苦しさを感じていた時で、そこに「安らぎ」を求めていたんだと思う」。息苦しさと引き替えに手に入れた「安らぎ」は、単なる逃避行動に終わらなかった。研究成果を出版したり、有志で研究会も立ち上げたりといった、目に見える形で表されてきた。そして、人生最大の課題であった、性別の変更をも遂げることができた。
 しみじみと「全て、これまでのことはご縁でつながってきた」と仰る先生。お遍路さん、ひいては弘法大師との縁は、幼い頃に成田山の幼稚園に通っていた時からすでに結ばれていたのかもしれない。

写真キャプション
園田学園女子大学での公開講座にて。受講者の方たちとともに、『四国辺路日記』を読み進めています。

134『ひとりふたり‥』 2015 春彼岸号「著者に会いたい」に掲載
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