京都の山奥で、仏教を考える   末木文美士先生
2014年 11月 29日 (土) 10:50 | 編集
プロフィール:末木文美士(すえき・ふみひこ)一九四九年山梨県生まれ。国際日本文化研究センター教授。
末木先生ご著書リスト

 京都市の郊外に、「国際日本文化研究センター」(日文研)という、日本研究の第一線で活躍する国内外の研究者が集う研究機関がある。末木文美士先生は、ここで仏教学や日本思想史を研究され、日本仏教のあり方について、積極的に発言を行っている。その熱意と、原動力について伺ってみた。

第一線の研究者とともに

 そもそも、末木先生はお寺のご出身?仏教への関心のきっかけは?
 「いえ、実は在家なんです。でも元々、哲学が好きで、はじめは西洋の哲学を勉強してみたかったんですね。ところが、色々と読んでいくうちに、どうも僕には馴染まないなと(笑)。そこで、じゃあ仏教を勉強しよう、ということで今に至っている、という感じですね。信仰的な動機というよりも、純粋に知識的な関心から入りましたよ」。
 大学時代は、中村元、玉城康四郞といった、第一級の仏教学者に師事。同級生にも、今なお学界の最先端をゆく研究者として活躍している面々が揃っていたとのことで、充実した学生生活を送られたようだ。
 「ところがね、将来の進路に迷いもありましてね。このままずっと、インドの文献だけを読むのもなぁ……と。そこで、やはり日本のことをきちんと勉強したいと思い直したんです」。それからの先生の仕事はめざましい。仏教界への斬新な提言により、執筆に講演に大車輪の活躍。そして、五年前に日文研教授に赴任された。ここでも、研究会を精力的に行われ、その成果のいくつかは、法藏館からも刊行されている。

本質を捉えてみたい

 さて、日文研では、どんな日々を送られているのだろう。 「以前いた東大では、極めて専門性の高い研究が出来ますが、ナンバーワンが求められる場です。日文研はそこがちょっと違っていて、もちろん各界の最先端の研究者が集まりますが、オンリーワンが必要な世界なんですね。「面白いこと」が求められます。日文研は、その意味できちんと研究に打ち込める環境が整っていると思います。これは多分、他にはない魅力でしょうね」。
 ゆとりのある日文研の雰囲気が、今なお学界へ刺激を与え続けている原動力となっているのだろう。最後に、これからの仏教研究への一言を。
 「日本の、特に近代以降の仏教は、世俗化と合理化が非常に進み、何でも科学的に解決しようとしてきた時代です。でも、地震や津波といった自然現象を科学で対処しきれないのと同じで、信仰や宗教体験や、人知では計り知れないことも、科学的に説明するのは限界があるように思います。たとえば、最近では直葬という、ある意味究極に合理化された葬儀の形が増えていますが、そんな中でも念仏にせよ、何かを唱えて故人とお別れをする。合理化の中にあっても、それで割り切れないことの本質を探りたいですね」。
 社会がどのように進化しても変わらないものを追い求めて……。日文研で深められる末木先生の思索は、今後も「面白いこと」となって、私たちに話題を提供して下さることだろう。

(写真キャプション)
いつも笑顔でお話下さる末木先生。インタビューでは、仏教に留まらず、映画や本の未来にまで及びました。(日文研にて)

133『ひとりふたり‥』 2015   正月号「著者に会いたい」に掲載
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