出遇うということ   小川一乗先生
2014年 09月 05日 (金) 23:54 | 編集
小川一乗(おがわ・いちじょう)
プロフール 一九三六年北海道生まれ。大谷大学元学長、名誉教授。元真宗大谷派教学研究所長。真宗大谷派西照寺住職。小川先生ご著書リスト
 
 今回ご紹介する小川一乗先生は、大谷大学の学長をはじめ、教学研究所所長を歴任された。文字通り、真宗教学をきわめられた先生という印象をもつ。ところが、今回インタビューを始めるにあたり、先生からは「元々お寺は好きではなかったけどね」という意外な一言が飛び出した。その、真意とは――。

人生を変えた、お父様の一言

 北海道のお寺に生まれた小川先生は、こどもの頃から、いつか寺を出て違う人生を歩みたいと願っていたという。また、大人が寒い冬でも、なぜわざわざ本堂まで法話を聴きに来るのか、不思議でならなかったとも感じていたという。
 進学の時、お父様は「大谷大学で仏教を学べ。四年間勉強して人生をかけるほどのものではないと感じたら、寺を出てもよい」とおっしゃったそうだ。先生は後に、大谷大学で山口益先生という生涯の恩師に出遇い、仏教学の研究一筋に歩まれるのだが、そのきっかけはお父様のこの一言にあったのだろう。「私の父は寺の次男坊でね。日本大学の夜学に通い、昼間は伯爵家の書生をしていたんだ。都会での生活に憧れていたんだろうね。でも、結局地元に戻ったんだ」。お父様も、先生と同じように一度はお寺の外に出たが、最後はお寺に戻られた。そして、ご門徒の聴聞の姿によって、仏教に向き合う機会が得られたのだ。お父様は、お寺を出たいと煩悶していた青年期の先生に、ご自身を重ねられていたのだろうか。

仏教のさとりとは

さて小川先生の研究は、恩師である山口益先生の影響を大きく受けているという。「山口先生の研究が優れているのは、浄土真宗という枠を取り払って、もっと広く大乗仏教の立場から真宗に取り組んだところにあったんだ。そこにすごく惹かれたね」。仏教の目的は、「成仏」すること。それは、現代的な「死」のことではなく、生老病死に代表される人間の苦悩から解放され、そのさとりの道理に基づいて生きようとする姿勢だとされる。「ある意味、釈尊のさとりの内容と、私たちがそのさとりを目指したい、成仏したい、という問いは一緒ですよ。でも、今はそれをあまり確かめていないように思いますね。たとえば、何で僧侶になり、念仏をするのか、そうやって自分を掘り下げて考える機会がなくなってきているんじゃないかな。同朋として、ご門徒とともに歩む姿勢を自問することが、特に私たち僧侶には、絶えず必要だと思います」。さまざまな曲折や出遇いを縁としつつ、仏教界の最前線を走ってこられた小川先生。このたび刊行される二冊の新刊では、現代の仏教や浄土真宗への強い問いが、余すところなく語られている。報恩講の時期、改めて仏教の基本中の基本である「さとりとは」「成仏とは」と考えてみるのも良いかもしれない。

(写真キャプション)
 小川先生は、ご自宅では着物で過ごされる。素敵な着こなしだ。夏はもちろん、浴衣で?「そうですよ。浴衣も意外と着こなしが難しいんだよ。でも、着ていると体が楽でいいよ」とのこと。長時間のインタビュー、有り難うございました。

132『ひとりふたり‥』 2014 報恩講号「著者に会いたい」に掲載
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