半世紀以上の研究生活を振り返って   信楽峻麿先生
2014年 06月 04日 (水) 23:51 | 編集
プロフール:信楽峻麿(しがらき・たかまろ)一九二六年広島県生まれ。龍谷大学元学長、名誉教授。浄土真宗本願寺派教円寺住職。信楽先生ご著書リスト

 龍谷大学で、長年にわたり真宗学を講じられてきた信楽峻麿先生は、ご著書のほとんどを法藏館から出版されてきた。その研究成果は多くの人々の心をとらえ、『著作集』(全十巻)や、それに続く『真宗学シリーズ』(全十巻)も好評だ。
 これらの膨大な業績が物語るように、半世紀以上にわたり真宗学の研究に努められてきた先生だが、その軌跡は、伝統的な真宗学とはことごとく対立したものであった。

研究の出発点は、戦争。

 信楽先生は一九二六年に生まれた。戦争に突入する激動の時期に青年時代を過ごした。龍谷大学では、戦争体験を経ながら研究に打ち込んだ。そして、「宗教経験としての大信の研究」と題した卒業論文が、今日に至る信楽先生の真宗学研究の出発点となる。その背景を伺ってみた。「やはり、戦争は大きな体験でした。戦後、大学に戻った時、戦争中の国策に賛同していた教授陣は、当時の自己批判を少しもしなかった。まずそこへの強烈な違和感があってね。宗教者として何をやっているんだ、と。戦争時、いわゆる戦時教学というのがあって、精神面から戦争遂行に協力したんだ。ただ、これは科学的なものではなかった。そこで真宗学を、あらゆる視点、諸科学を取り入れて追究しようと思って、手当たり次第に本を買い漁ったよ。本屋さんから訝しがられるくらい(笑)」。その成果として卒論が書き上げられたのだが、それは教団が正統としてきた教学とは全く立場の異なるものであったという。先生曰く「完全に異端扱いの学問だった」と……。
 こうして、卒論を皮切りに、伝統的な教学と常に対峙してきた先生の真宗研究。どちらの立場が本当に正しいのか、は後世の審判にゆだねるしかないにせよ、先生なりの真宗・親鸞像を、半世紀以上かけて描いてきた実績は、誰もが認めるところだろう。

真実は孤独である。

 さて、多年にわたり、真宗学を究めてきた信楽先生であるが、最近になり気がついたことがあるのだそうだ。それは、「こと」として語られる真宗と、「もの」として語られる真宗がある、ということだという。具体的にはどういうことなのだろうか。
「真宗学のベースには、「こと」としての理解がないといけない。「こと」とは、明確に主語をもった、自己表現として語られた真宗です。この私にとって真宗がどういうものであるか、ということです。たとえば、親鸞聖人の著作では、「愚禿釈の鸞」とか「親鸞におきては」など、明確な主語がある。それに対して「もの」は、名詞としての真宗です。「もの」として生命や信心を学んでも、自分自身の生き方や生活には意味のあるところにはならないでしょう。真宗学を学ぶには、このように、自分の思いを全面に出して、主体的に親鸞に迫らないといけません」。
 長年の考究の末に気がついた真宗教義。時には、伝統教団の権威とも激しく対立した。「真実は孤独である」という思いも胸に抱きつつ、あくまでも一途に「私にとっての浄土真宗、親鸞」を求め続けてきた信楽先生。そこには、決してたゆむことのない求道の姿に出遇い、惹かれてきた多くの人々の思慕の念による支えがあったことだろう。

131『ひとりふたり‥』 2014 お盆号「著者に会いたい」に掲載
スポンサーサイト


Comment
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL :
comment :
password :
secret : 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright (C) 編集室の机から all rights reserved.
designed by polepole...