絶望の中で出会った親鸞   平 雅行先生
2014年 02月 03日 (月) 23:46 | 編集
平 雅行(たいら・まさゆき)
【プロフール】一九五一年大阪府生まれ。大阪大学教授。平 雅行先生ご著書リスト

 今回ご紹介する平雅行先生は、法藏館から『親鸞とその時代』『歴史のなかに見る親鸞』の二冊の単行本を出されている。専門分野は日本史だが、親鸞への思い入れは大変強い。これまでの先生の研究を振り返りながら、親鸞との出会いについて尋ねてみた。

歴史学への希望と絶望

 平先生は子どものころより歴史が好きで、歴史の勉強をずっと志していた。大学入学後、日本史を専攻するようになったが、入学した一九七〇年代は学園紛争のまっただ中。その頃の日本史は民衆支配の仕組みを研究する社会経済史が中心で、仏教や文化はほとんど見向きもされなかったという。
 やがて卒業論文を書くにあたり、荘園を勉強することが自分にとって意味があるのかを考えたとき、先生は歴史学に興味を失ったそうだ。しかし、そのことが先生と親鸞とが出会うターニングポイントになっていく。

生きるための問いを親鸞に求める

 卒業論文では一年留年して、テーマを荘園から親鸞に変えたという先生。あえて親鸞を選択した理由は?「振り返ってみると、私の場合、自分の生き方を親鸞に託したのだと思います。私が学生の頃は、どのように生きてゆくのかが真摯に問われた時代でした。社会に違和感を懐いていた私は、弾圧されながらも、容れられない時代を生き抜いていった親鸞に心引かれました。まるで自分のことのように親鸞に夢中になりました」。先生は、大学院進学後も親鸞や法然の研究を進めるが、周りには仏教を研究する人はほとんどいなかった。ところが、しばらくすると、歴史学の潮流が大きく変わり、宗教や思想が非常に重要と考えられるようになった。親鸞・法然の研究を温めてきた先生は、いつしか日本中世史を代表する研究者になっていった。

時代に向き合い、自分に向き合う

 親鸞が向き合っていた当時の世相とは、どのようなものだったのだろうか。「大学院時代に、荘園に関する古文書を読んでいると、「年貢を納めないと地獄に堕ちる」とか、逆に「納めると往生できる」というようなことが書いてあるわけですよ。周りにはそんなくだりに気を留める人なんていなかった。でも僕は、そこにこそ当時の仏教の実態が出ているんじゃないかと思ったの。当時の人々を縛っていた観念が、そういう文言に現れていたわけですよ。そういう仏教のあり方に疑問を持ち、本当の信を問うていったのが親鸞だったと思う」。朝廷による弾圧に遭いながらも、時代状況に対峙して自己の思想を深めていった親鸞。そこには、意にそまない時代をどのように生きてゆくか、という先生の若いころの懊悩とも重なって見える。「私たちの時代は政治の季節でした。そして、学生運動にのめりこんで、それきり会えなくなった同級生が何人もいる。僕は政治を拒絶したけど、拒否して研究の世界にはいった以上は、きちんとした研究を行う責任がある。彼らに対して、恥ずかしくない仕事をせんといかん、と今でも思っています」。時代と向き合い、そこに生きている自分にも、どう生きていくかを問い続ける。この情熱が、親鸞の語り手として第一線を走り続ける理由なのだろう。

130『ひとりふたり‥』 2014 春彼岸号「著者に会いたい」に掲載
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