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意味不明でありがたいのか 戸次公正先生
2018年 06月 12日 (火) 00:49 | 編集
戸次公正先生(べっき こうしょう)プロフィール:一九四八年、大阪府泉大津市生まれ。真宗大谷派南溟寺住職。主著に『真宗大谷派のゆくえ―ラディカルに問う儀式・差別・靖国―』『意訳 正信偈』『同朋唱和 正信偈』(法藏館)、『意味不明でありがたいのか―お経は日本語で―』(祥伝社)など多数。

法事でお坊さんが読むお経を聞いて、「何を言っているのだろう」と疑問に思ったことはないだろうか。今回ご紹介する戸次公正先生は、漢文のお経が読まれるのが当たり前の中で、オリジナルの日本語訳の勤行本『真宗の法要』を作り、日本語のお経で仏事を行うという画期的な活動を十数年も前から行われている。

お経に対する疑問
最初のきっかけは、中学生の時。真宗大谷派の寺院に生まれ育ち九歳で得度を受け、お参りに行くようになった戸次先生は、自分でも意味不明の漢文をむにゃむにゃと称えるだけで、なぜ褒められお金(お布施)をもらえるのかと、後ろめたくなったそうだ。
 そして高校の時、友だちに誘われ見学に行った教会で出会った聖書が、日・英対訳でとてもわかりやすく、その教えがすんなり心に届いてきた。その出会いをきっかけに、「仏教は、なぜお経を日本語で読まないのか」と考え始めるようになっていった。

日本語訳の原動力
 大学では東洋仏教史を専攻。その頃、法主の宗憲違反行為による大谷派教団の混乱、難波別院輪番の差別発言による部落解放同盟からの糾弾、そして靖国問題が始まり、自然とそれらの問題に取り組むようになる。
「闘志あふれる怖い人だと思っていたと、よく言われます」。差別や靖国問題について攻撃的な発言も多い戸次先生は、初対面の人にそう言われることが多いと笑う。
実際の先生は、小柄でやわらかな笑顔が似合う。大の猫好きで、猫を抱いてとろけそうな笑顔を浮かべていると好々爺然として見える。一方で、人間や様々な物事への興味関心が強く、いったん興味がわくと瞳が輝き皆が驚くような行動力を発揮する。恐らくこれが、誰もしたことがなかったであろう日本語訳のお経で儀式を行う原動力となったのではないだろうか。

これからの仏教の儀式
 実際にお経の意訳を作るきっかけになったのは、三十代後半に中学生の集いに講師として参加した時、「いったい何が書いてあるの。僕らにわかる言葉で書いてよ」と言われたことだった。そこで四年がかりで作ったのが、小中学生が読んでもわかる「正信偈」の意訳本『いのち』(真宗大谷派児童教化連盟)。当時は「勝手に意訳なんてしていいのか。しかも真宗学の専門家でもない自分が」という恐れが先生にもあったそうだ。この『いのち』からの転載で、一九九八年に意訳付きの経本『同朋唱和 正信偈』が出版され、現在とても多くのお寺・門徒の間で使われている。
 「近年、お経の現代語訳の本は多く出版されるようになりましたが、実際の儀式の現場ではほとんど使われていません。『同朋唱和 正信偈』のように『真宗の法要』が広く使われ、お経の意味を理解しながらお勤めできるようになればいいなと思います」。

戸次公正先生
◆ご自宅にて

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