布教人生六十年  澤田秀丸先生
2017年 10月 03日 (火) 09:40 | 編集
プロフィール澤田秀丸(さわだ・ひでまる)一九三四年大阪府生まれ。真宗大谷派清澤寺前住職。著書に『御文講座 聖人一流の御文』『浄土和讃の教え 上』など多数。今年九月には『浄土和讃の教え 下』を出版(いずれも法藏館より)。

布教人生六十年

 浄土真宗では、日々の勤行で、『正信偈』とともに「和讃」が唱和される。耳慣れたメロディーながら、唱えられている言葉の意味はよく分からない…そんな悩みを解消するべく、このほど『浄土和讃のおしえ』(下)が刊行された(上巻は二〇一六年四月刊行)。著者の澤田秀丸先生は、真宗の布教一筋に、全国を飛び回ってこられた。学者の世界とは違う、ご門徒の方々に密着した仏教者の役割を常に考えてこられた澤田先生にとっての「仏教の伝え方」をうかがった。

日夜布教に励む日々

 「日常の生活の中で仏の教えをともに味わっていく。これが布教に携わる者の使命ではないかと思います」。インタビューの冒頭より、キッパリと話される。「布教の仕事というと、教えをご門徒に話し伝えていく、とイメージされるかもしれません。確かにそれは基本でありますが、心がまえとしては、布教は教えを布(し)くと書くように、阿弥陀様が教えを布き述べて下さっているそのお手伝いに寄せて頂く、というのが一番大切にしたい心です」。澤田先生は、二十四歳で住職を継職した後、船場(姫路)・広島・茨木・岡崎(京都)・旭川の各別院の輪番も勤めてこられた。また、そんな激務の最中にあっても、自坊では『正信偈』『歎異抄』をはじめとして聖典の法座を五十年間欠かさず開かれてきた。参加者の中には、第一回目から出席されている方もあるようで、それも「教化が口からついて出るだけのものではなく、生活全体から滲み出るもの」という、澤田先生の生き様がご門徒にも確実に伝わっているからだろう。

法は如来にあり、話は衆生にあり

 澤田先生をして、布教への熱意を抱かせたきっかけには何があったのだろうか。「私が学生の頃、日曜学校研究会という集まりがありましてね。それが二十七歳で迎えた大谷派の同朋会運動などにつながっていくわけですが、文字通り子どもに向けて仏教の教えをどう表すか、とにかく色んな議論・実践をしたものです。自坊でも紙芝居や人形劇などをやりましたが、その様子をこっそり見ていた先輩に、「あれでは難しすぎる」とか後で突っ込まれたりもしてね(笑)。でも、あの当時の模索が私の布教の原点になっているのは間違いないでしょうね。やはり、長年布教を続けていると、お寺の姿というのが見えてきます。熱心に聴聞に来られるご門徒のためにも、勉強は欠かせませんが、こればかりでなく境内から本堂のお荘厳にまで聞法の道場に整えていくことが大切だと思います。それも阿弥陀様のお手伝いと思えば苦になりません」。
 「法は如来にあり、話は衆生にあり」という。その間を取り持つのが布教使の仕事、という澤田先生の姿からは、長年の伝道生活から滲み出る法味が確かに伝わってきた。

澤田秀丸先生
澤田先生は、普段着も和服で通される。「四〇年くらいずっと和服生活です。インドへも和服で行きましたよ」(自坊の清澤寺にて)。
144『ひとりふたり‥』 2017 報恩講号「著者に会いたい」に掲載

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