研究ができるのも「支え」があってこそ 大谷由香先生
2017年 05月 10日 (水) 10:54 | 編集
プロフィール:大谷由香(おおたに・ゆか)一九七八年香川県生まれ。龍谷大学特任講師。二〇一七年二月に『中世後期 泉涌寺の研究』(法藏館)を刊行。

研究ができるのも「支え」があってこそ

 京都市東山区にある古刹、泉涌寺(ルビ・せんにゅうじ)。皇室の菩提寺、「御寺」(ルビ・みてら)としても名高く、桜や紅葉のシーズンには多くの観光客が訪れる。しかし、その歴史には不明な点が多く、また応仁の乱をはじめ度重なる火災により、古文書もあまり残っていない…。大谷由香先生は、そんな謎を秘めた大寺院の歴史を、新発見の史料などで解き明かした気鋭の研究者だ。
 
仲間の存在を「支え」として

大谷先生は現在、龍谷大学で「仏教の思想・教学史」を教えている。しかし先生は、もともと仏教学に強い関心があって進学したわけではなかった。入学後の講義も難しい内容ばかりで、しっかりと興味を持てるようになるまでには長い時間を要したという。「当時は、歴史や仏教文化をテーマにした授業に多く出席していました。思想や教学には、ついていくのに本当に苦労しました(笑)」。転機となったのは卒業論文の作成だった。そこで研究の面白さに気づき、大学院への進学を決意する。大学院といえば、さらに深く学問を追究する場でもある。そこでついに仏教学を本格的に学ぶことになった。高いハードルに音をあげそうになったことは数知れず……しかし、きつい日々を共に過ごした同級生の存在が、先生の「支え」となった。「すばらしい仲間に恵まれたおかげで、あの時期を乗り越えられたと思います。今でも本音で話し合える貴重な存在です」。



研究の面白さにはまってからは、様々な研究者に導かれながら、次々に新しい発見を発表し、ついに『中世後期 泉涌寺の研究』を上梓するに至る。「この本は、『視覃雑記』(ルビ:したんざっき)という史料を素材に、泉涌寺がどのように発展していったかを調べました。泉涌寺の歴史は不明な点が多かったのですが、今回の出版により少なからず空白を埋められたかな、と思っています。もちろん、ここまで来られたのは多くの人々の支えがあったからこそです。それと、ようやく「仏教・真宗っていいなぁ」と思えるようにもなりました。お寺や仏教に反発していた時期もありましたけど、色んなご縁に恵まれたおかげで今があるとつくづく感じます」。
家族や同級生の存在、そして研究を続ける馬力と執念、そうした何本もの「支え」が先生の活動の原動力となっている。これからも着実に歩を進めていかれることだろう。

大谷由香先生写真
「いつか、女性・母親ならではの視点からみた仏教についても書いてみたいですね」と語る大谷先生。穏やかな語り口だが、その志は熱い。(法藏館4階にて)
143『ひとりふたり‥』 2017 お盆号「著者に会いたい」に掲載


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碩学が語る歴史の魅力 礪波 護先生
2017年 05月 09日 (火) 10:37 | 編集
プロフィール:一九三七年大阪府生まれ。京都大学名誉教授。著書に『隋唐佛教文物史論考』(法藏館)など多数。

碩学が語る歴史の魅力

 三国志や水滸伝、そして李白や杜甫といった詩人の遺した漢詩は、私たち日本人にもなじみが深い。そして何より、中国の歴史は壮大な世界観に満ちている。その中国の歴史=東洋史を長年研究されてきた礪波護先生に、歴史の魅力についてうかがってみた。

理数系学生からのスタート

 礪波先生は東大阪市にある大谷派寺院のご出身だ。幼少の頃より中国の歴史に親しんでこられたのかと思いきや、元々理数系の学生として過ごしてこられたのだという。「高校時分、日本史と世界史の先生が京都大学出身で、その授業が大変面白かったのがきっかけですね。後、大学に入って専攻を決める時に、東洋史を選んだのもその影響があったでしょう。卒業したら高校の先生になろうと思っていましたが、指導教官の勧めもあって、大学院に進学してからは本格的に取り組みました」。先生はお寺のご出身ということもあり、東洋史を学びつつ、次第に関心は仏教史にも移っていったようだ。しかし、当時の指導教官にはこう言われたという。「仏教は面白いテーマだから、一度のめり込むと周りの題材がつまらなく見えてしまうから、後にとっておきなさい」と。東洋史・仏教史の奥深さをうかがわせるエピソードだ。
 ところで礪波先生のお父様は、布教使の傍ら、大阪教務所長や難波別院輪番などの要職を歴任され、常々「自分が学んだことは、後の学生や若い人にもきちんと教え伝えていくように」とおっしゃっていたという。研究者の道に進んでからも、東洋史という学問を、大学の中に閉じこめておくのではなく、一般の人々に広くを伝えていくことを心がけてこられ、高度な専門書とともに、多くの叢書や文庫本などでも東洋史の尽きない魅力を綴ってこられた。昨年九月に刊行された『敦煌から奈良・京都へ』(法藏館)も、シルクロードから日本へ伝わってきた文化や、東洋史研究の裏話など、歴史の魅力が縦横に語られており、一般書店での評判も上々だ。

歴史の魅力とは

 これまで、数多くの知見を公表されてきた礪波先生にとって、歴史学の魅力とは、どこにあるのだろうか。「文学や哲学など、人間の営みを追究する学問は、総じて歴史的なものです。その時代ごとに、私たちの先輩がどういう考え方をし、行動をとってきたのかを知ろうとする時、やはり歴史に謙虚に学ぶしかないように思います。過去に思いを寄せることで得られる教訓は、現在の私たちが生きる上でも意義があるのではないでしょうか」。現代の日中関係は、政治的には決して穏やかとは言い難い状況だが、こういう時こそ、歴史を長い目で見直すことが大切なのだろう。『敦煌から奈良・京都へ』で綴られた壮大な歴史秘話にゆっくりと思いを馳せてみたい。

礪波護先生写真
礪波先生のご趣味は古本屋めぐりとのこと。長年の経験と勘で「珍しい本をだいぶ集めましたねぇ」。(法藏館編集部にて)
142『ひとりふたり‥』 2017 春彼岸号「著者に会いたい」に掲載

転機となった最新刊 加藤智見先生
2017年 05月 08日 (月) 10:13 | 編集
プロフィール:加藤智見(かとう・ちけん)一九四三年生まれ。
真宗大谷派名古屋教区光専寺住職、東京工芸大学名誉教授。最新刊に『親鸞聖人に学ぶ新しい老い方』(法藏館)。その他、著書多数。

転機となった最新刊

 愛知県一宮市にある、真宗大谷派光専寺。加藤智見先生は、同寺の住職を長年務める傍ら、東京工芸大学でも教鞭をとってこられた。東京と愛知を行き来する中で、一般の方にも宗教を分かりやすく伝えるべく、何点もの著作を発表されてきた。
 今はお寺に専念されている。月参りに行くと、御門徒さんとの会話の中で必ず出る話題として、「老病死」があるという。地元に住まう高齢の御門徒さんにとっては、病気にかかった際の手助けや「もしも」の時に誰に相談すれば良いか、切実な問題になっているという。そんな問題に、宗教はどう応えるのか……そこで上梓されたのが『親鸞聖人に学ぶ新しい老い方』(法藏館)だ。しかし、この最新刊が、先生最大の転機の書となった――。

刊行後に、「告知」を受ける。

 この最新刊が出版されたのは、九月末。長い校正を経てようやく完成した喜びもつかの間、急に体調をくずしてしまう。入院の上、精密検査を受けると、ガンが見つかり、急遽手術することに。「幸い早期発見でした。手術すれば、復帰可能であろう、とのことで、早いうちに切除してもらうことにしました。これまで大病を患ったことがなく、こういう病気の苦しみを経験するのは初めてのことだったんですが、病名を告げられた時、妙に冷静に聞けたのが、自分でも意外でしたね。そのわけを考えてみると、老いの悩みの原因に死が間近に迫ってくること、そして死の本当の意味がわかっていないことがあると思いますが、私は死は浄土に生まれ新しいいのちをいただくこと、絶望ではなく聖人のおっしゃるようにむしろ「喜ぶべきこと」であると、この書で一生懸命書いてきたため、あまり動揺しなかったのだと思います」。

「いのち」の大切さを、身をもって実感する日々

 普段通りの日常ではない毎日となり、戸惑われることも多いのではないだろうか。「むしろ、そうなったことで「いのち」の大切さを実感する機会となりました。私はお寺の出身でしょう。だから、元々「生死」の問題については身近なものだったし、それに、人間はいつかは亡くなります。この亡くなるということも仏さまによって浄土に生まれ、新しいいのちをいただいて生き続けることですから、決して恐れることでも悲しむことでもないのです。今回の出来事を通して、老いや病や死について、理論や理屈ではなく、身をもって経験出来たのが有り難かったです」と語る先生。何よりも、老病死をいかに生きるかを説いた本書の説得力が幾重にも増している。是非ご一読をお勧めしたい。
加藤智見先生写真
現在の心境を、穏やかな表情で語られる加藤先生。一時退院中のインタビュー、有り難うございました(ご自坊の光専寺にて)。
141『ひとりふたり‥』 2017 お正月号「著者に会いたい」に掲載

絵を通して、「仏教」を伝えたい とよだまりさん
2016年 09月 06日 (火) 23:59 | 編集
プロフィール:とよだまり…福岡県生まれ。京都造形芸術大学大学院修士課程修了。NHK連続テレビ小説『てっぱん』『純と愛』などで絵画指導を担当。二〇一六年には、法藏館より刊行の『カルダとウバカルダ』にて初の絵本挿画を担当。

絵を通して、「仏教」を伝えたい

 今号の「著者に会いたい」は、アクリル絵の具でキャンバスいっぱいに作品を描く気鋭のアーティスト、とよだまりささんをご紹介しよう。とよださんは、真宗僧侶でつくるクリエイター集団「コトイロ」とともに、新刊『カルダとウバカルダ』の挿画を手がけている。本作品にかける意気込みをうかがった。

「コトイロ」との出遇い

 『カルダとウバカルダ』は、仏教説話「共命の鳥」を題材としている。「コトイロ」のメンバーは改めてこの話を読み直し、「難しい」「とっつきにくい」というイメージを極力払拭した形で表現できないか、一年近く構想を練り続けた。「コトイロ」の考えてきたことをビジュアルで伝えられるのは誰か……そこで、とよださんに白羽の矢が立った。実はとよださんにも、「仏教説話の絵本をいつか手がけたい」という思いがあり、お互いの「やりたいこと」が一致したのだ。とよださんはいう。「ひとりぼっちになったときでも、この絵本を開いて安心できるものにしていきたいです。寂しくなったときに寄り添える存在になればと願っています」。

回り道――芸大から中央仏教学院へ――

 とよださんの実家は、福岡県のお寺だという。こどものころから絵を描くのが好きで、周囲に描いた絵を喜んでもらえたことが嬉しく、さらに描き続けた。やがて京都造形芸術大学に進学するまでになった。ただ、「やはり私の根っこにはお寺の生活があって、その環境で絵を描いてきたことにも何か意味があるんじゃないか」と、次第に自身を客観的に見つめる時間が増えた。そしてあるとき、宗教と芸術とのつながりを深く感じ、それを機に、京都にある中央仏教学院に進学する。「自分を包んできた「真宗」しかない、という感覚が良い意味で壊れました」という。いわば、とよださん自身の中での「真宗」のイメージが変化したのだが、それは「もう一度真宗の感覚に浸かり直したい」という、清新な目線で真宗を学び直すことだったようだ。

共に伝える・伝わる

 中央仏教学院を修了した後、とよださんの作風にも、色使いや作品の発想に少しずつ変化が表れるようになったという。それから「自分にとって「仏教を伝える」ってどういうことか? 布教ってどういうことか?」と、さらに自身を見つめるきっかけにもなった。ただ、とよださんにとって「絵を描く」こととは切っても切れない関係。やはり「絵を通して仏教を伝えていく」という答えに行き着いた。「制作中は、この作品をどうやって伝えるかを考えるので、自分との対話の時間になります。これから先も、ずっと私なりの仏教の伝え方を模索しながら描いていくと思います」。仏教の持つ「あたたかさ」を絵で表現していきたい――その思いの結晶である『カルダとウバカルダ』の完成に向け、現在ラストスパートをかけている。どうぞご期待下さい!

とよだまりさん
作風や世界観など影響を受けた作家に棟方志功を挙げるとよださん。(浄土真宗本願寺派総合研究所内にて)
140『ひとりふたり‥』 2016 報恩講号「著者に会いたい」に掲載


震災ボランティアを、改めて考える 木越 康先生
2016年 06月 13日 (月) 23:26 | 編集
プロフィール:木越 康(きごし・やすし)一九六三年生まれ。一九九四年より大谷大学教員として着任し、二〇一六年四月より大谷大学長。著者は『「正像末和讃」を読む』(真宗大谷派大阪教区)など多数。

震災ボランティアを、改めて考える

 東日本大震災が発生してから早五年の歳月が経った。日頃の報道で見聞きする以上に、復興はまだ道半ばというのが実情であるようだ。
 さて、震災直後より復興支援活動に熱心に取り組んできた大学の一つに、大谷大学がある。年四回にわたり、バスをチャーターして約二十名の学生が現地でのがれき撤去や被災者との対話を続けてきた。その先頭に立ってきたのが、木越康先生だ。三月には新刊『ボランティアは親鸞の教えに反するのか』を出版された。そこには、浄土真宗が震災にどのように向き合うべきか、思いの丈が綴られている。

ボランティアは、自力なのか?

 震災の年となった二〇一一年は、浄土真宗にとって親鸞聖人七五〇回御遠忌を迎える特別な年だった。東日本大震災は、正にその年の三月十一日に発生したのであった。
福島県への第一回目の復興支援バスが運行されたのは、五月だった。学生とともにがれきを撤去している中、こどもたちが野球の練習に出かける姿を目にする。地元の人々は、悲しみや苦しみの中で、日常生活を取り戻すべく生きようとしている中で、京都から来た我々は、日常を捨ててまで現地で支援することが良いのか? 学業や仕事も無理に休まず、あくまでも有志での活動を優先するのが大谷大学での復興ボランティアの特徴だ。
四回目の支援の時、ある学生からこのように話しかけられた。「これまで、支援バスに何度も乗ろうとして、乗れなかったんです。ボランティア活動が自(じ)力(りき)であるために、行きたいという気持ちにブレーキがかかっていた」と……。親鸞は自力的行為を棄て、阿弥陀仏に帰依することで救済される「他力の思想」を説いたのであり、ボランティアは人間的行為そのもの(自力)で、それは否定されるべきであるという考えが根底にあるために起こる問題だという。そのことへの違和と、真宗者としてきちんと議論したいとの思いが、本書を執筆するきっかけになった。

仏教者であること、真宗者であること

 隣人が困っている時、何とかして助けようとするのは、人として自然な振る舞いなのだろう。震災に遭遇すると、その気持ちが高まるのはなおさらだ。ただ、ボランティアが自力ではないか、という独特の発想の前に、その行動を躊躇させる要素が真宗にはあるのだという。そう思わない人にとっては、「なんだそれ?」ほどのレベルなのかもしれないが、「真宗的ブレーキ」の縛りは根強く残っているという。木越先生は、そうした特殊なブレーキについて理解はしながらも、「災害時、躊躇などの情動を抑えきれず、現地に向かい、眼を離さずそばに寄り添える人間でありたいし、学生にもそうあってほしい」と語る。「私たちは、ご縁で成り立つ世界の中で生きる存在です。仮に、そうした心理的なブレーキがかかったとしても、個々の人間の活動は止めることができないだろうし、被災した人も私たちも、悩みながらともに歩むことにこそ、「同朋」の意味が研ぎ澄まされてくるのではないでしょうか」。災害の多い日本にあっては、いつ誰が被災者になるか分からない。突然やってくる悲しみや苦しみにも、じっと向き合い、また寄り添えるか、今なお私たちに重く問いかけられている。

木越 康先生
4月から学長に就任。多忙を極める毎日だが「被災地へは、今後も極力行きます」と決意しているそうだ。(大谷大学内にて)

139『ひとりふたり‥』 2016 お盆号「著者に会いたい」に掲載 

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